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ひまわりの種234 [勝利]

池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、言っています。

『現実社会は熾烈(しれつ)な生き残(のこ)り競争である。たとえ、これまで安泰(あんたい)でも、これから先はわからない。
根本は、題目(だいもく/南無妙法蓮華経のこと)をあげている人が勝つ。
「法華経(ほけきょう)の兵法(へいほう)」で勝つのだ。妙法(みょうほう/南無妙法蓮華経のこと)に生き抜(ぬ)くところに繁栄(はんえい)の道がある。これが結論(けつろん)だ。

うれしい時も題目(南無妙法蓮華経)。苦しい時も題目。どんな時も題目。万事(ばんじ)にわたり、勝つ方法は、ここにある。』

※ちなみに「法華経(ほけきょう)の兵法(へいほう)」の法華経とは、つまるところ、『南無妙法蓮華経』のことを指(さ)しています。だから、法華経の兵法とは、南無妙法蓮華経を、となえぬいて人生に挑戦していくことを言います。


人生、わからない。かりに一流の企業に入社できたとしても、リストラにあってしまうこともある。企業が倒産(とうさん)してしまうこともある。勝負のあやは、ほんとうに微妙(びみょう)だ・・。とくに現代という時代は、何が起こるかわからない。

考えると、不安に身が縮(ちぢ)むようなことも、あるかもしれない。

希望を持って、信念(しんねん)を持って、堂々と勝っていける道は、ないものだろうか・・?

また、たとえ、どんなことがあったとしても、未来を勝利に変えていける道は、ないものだろうか?

その希望と信念を持って勝っていける道。どんなことがあったとしても未来を勝利に変えていける道が、実は、創価学会が実践(じっせん)している南無妙法蓮華経を、となえる仏法(ぶっぽう)の信仰なんです!!

池田先生が言うように、勝っていくこれ以上の『兵法(へいほう)』はないんです!

南無妙法蓮華経を、となえていくことは、幸せの道を作っていくのと同じなんです。

もちろん、道を作るといっても、苦労もあるし、大変なこともあるでしょう。けれど、へこたれないで、辛抱(しんぼう)強く、南無妙法蓮華経をとなえぬきながら、人生に挑戦していったとき、必ず、勝利の道、幸せの道が開けるんです!!

南無妙法蓮華経は、究極(きゅうきょく)の勝利の法則(ほうそく)であり幸せの法則なんです。

ゆえに、どんな熾烈(しれつ)な競争の中にあったとしても、必ず勝っていける。
必ず幸せになっていける。

うれしい時も、悲しい時も、どんな時も、南無妙法蓮華経を、となえていくことによって、なぜだか、道は必ず開けてくる。

それが、熾烈(しれつ)な現実社会の中でも、どんなことがあっても、必ず勝利し幸せになっていける、創価学会の、南無妙法蓮華経をとなえる、仏法(ぶっぽう)の信仰なんです・・!


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ひまわりの種233 [希望]

池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、昔、創価学会二代会長である戸田城聖先生に、

『頭のよいのと悪いのと、どのくらいの差があるのか』

と、うかがったことがあるそうです。

戸田先生は、そこにあった筆(ふで)に墨(すみ)をつけ、半紙にサッと一本の横線を書かれ、

『この線の上と下くらいの差(さ)しかないよ。』

と、おっしゃったそうです。

池田先生も言っています。
『皆、同じように脳(のう)を持っている。差など、ほとんどない。どのくらい「努力」をしたか。この二字によって決まる。』

と・・。

よく、若い子供が、おちこぼれであったり、不良であったり、まったく勉強していないような子が、この創価学会の南無妙法蓮華経をとなえる仏法(ぶっぽう)に巡(めぐ)り逢(あ)い、真剣に南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)を実践(じっせん)していく中で、みるみるうちに成績が上がり、 学校でもトップクラスになり、優秀な大学などに合格していった話しは、日本でも海外でも、よく聞く。

人間の可能性はスゴイ!特に子供たちの可能性と能力は、素晴らしいものがあり、ひとたび、それを発揮(はっき)しようと努力していった時から、スゴイ能力と力を発揮していく。

それが、子供たちの脳であり、可能性だと思う。

何を言いたいかと言うと、この創価学会が実践している南無妙法蓮華経をとなえる仏法の信仰には、子供たちの能力を無限に開花させていく大きな力(ちから)が、あるということです。

人間の生命を、プラスへ、希望へ、勝利へと、真っ直(まっす)ぐに向上(こうじょう)させていく力が、この創価学会の南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)には、あるんです・・!

ゆえに、子供たちの成長と可能性は、著(いちじる)しいので、不良だったり落ちこぼれだったりしたとしても、真剣に南無妙法蓮華経の仏法を実践し、さまざまなことに挑戦していくことによって、はたから見たら、びっくりするような結果を生み出すことになっていきます。

能力も希望も、人生も未来も、無限に幸せに向かわせ開花させていく力が、創価学会の南無妙法蓮華経をとなえる仏法の信仰には、あるんです。

南無妙法蓮華経を、となえゆくことは、『蘇生(そせい)のドラマ』だと思っていいと思います。

どんな人でも、幸せに向かって、希望に向かって、蘇生(そせい)していく!
南無妙法蓮華経を、となえていくことによって、自分の中の生命力が、どんどん高まり、強くなり、ようするに、なにごとにもへこたれなくなってくる。 その強い強いエネルギーは、あらゆることに挑戦していくエネルギーとなり、それと同時に、希望と勇気と人間性の力となって、開花していく。

子供の場合、成長力が大きいので、それが、著(いちじる)しく出てくるということです。

ゆえに、子供にかぎらず、真剣に南無妙法蓮華経をとなえる仏法の信仰を実践していったとき、さまざまな悩みや問題を解決していけ、そして、夢や希望も、かなえていけるようになっていく。

それが、生命を、幸せの方向に、希望の方向に、勝利の方向に、無限に変革(へんかく)していける、創価学会の、南無妙法蓮華経を、となえる仏法(ぶっぽう)の信仰なんです・・・!!


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ひまわりの種232 [幸せ]

世の中に、才能があるひとは、たくさんいる。

けれど、その才能が生かされ、その才能に見合(みあ)う境遇(きょうぐう)や職業、生活や金銭面(きんせんめい)での処遇(しょぐう)を受けているか?といったら、そうでない人の方が多いのではないかと思う。

あれだけ才能があるのにどうして?と思うようなこともあるかもしれない。

才能などを充分(じゅうぶん)に生かし活躍(かつやく)している人と、そうでない人とでは、いったい何が違(ちが)うんだろうか?

それは、『福運(ふくうん)』です!!!

『福運(ふくうん)』とは、幸せをつくる元(もと)みたいなものです。

この『福運』が幸せをつくっていると、言えます。

だから、この福運があると、なぜだか、どんどん幸せになっていく。

福運がないと、どんどん、不幸になっていく。
また、福運がなくなると、どんなに努力しても報(むく)われることはなく、なぜだか落ちぶれていく。

実は、福運がなくなることほど、みじめなことはない。
福運がなくなると、幸せになることは、ないからです。

人は、幸せになるために努力はしているけれど、肝心(かんじん)なことを忘れている。

それは、幸せをつかさどるのは、『福運』だということです。

この福運があると、なぜだか、才能や個性を生かして、どんどん幸せになっていける。

だから、この福運をつけることが、幸せになっていくためにも、夢や希望をつかんでいくためにも、ものすごく重要になってきます。

その福運をつける唯一(ゆいいつ)の方法が、実は創価学会が実践(じっせん)している南無妙法蓮華経を、となえる仏法(ぶっぽう)の信仰なんです。
また、その福運をつけ、開花させていくために、仏法(ぶっぽう)の実践活動である、創価学会の活動があります。

理屈(りくつ)はともかく、南無妙法蓮華経をとなえゆくことは、福運をつける唯一(ゆいいつ)の方法なんです。

ほかの何をやっても、この福運だけは、つけることはできません!

創価学会の南無妙法蓮華経をとなえる仏法の信仰と、仏法に直結(ちょっけつ)した創価学会の活動でしか、福運は、ついてきません!

どんなに反発(はんぱつ)しても、これだけは、どうしようもありません・・・!

だから、創価学会の南無妙法蓮華経の仏法が、どうしても、必要になってくるんです。


その、『南無妙法蓮華経』とは、幸せの元(もと)みたいなものなんです。

南無妙法蓮華経を、となえていくと、自分の中に幸せの元(もと)が、どんどん貯(た)まっていく。幸せを貯金していくようなものです。
その南無妙法蓮華経を、となえていくことによって自分の中に貯まった『幸せの元』は、人生における、さまざまな決定的場面において、その人を助け幸せに導(みちび)き、輝(かがや)かせてくれる。

また、南無妙法蓮華経をとなえていくことによって、自分の中に福運がたまっていくので、さまざまな形で、ラッキーや幸運が引きつけられ、もたらされてくる。

また、その福運は、仏法の実践である創価学会の活動をやっていくことによって、決定的なものになり、人生を幸せに変革していく大きな原動力(げんどうりょく)になっていく。

だから、芸能界などでも、創価学会員の活躍は、めざましい!!


それが、人生において、才能や個性を生かしていくために最も大切な『福運(ふくうん)』であり、その福運をつける唯一の方法が、創価学会が実践している、南無妙法蓮華経をとなえる仏法(ぶっぽう)の信仰であり、福運を現実に、大きく開花させていくための決定的な方法が、仏法の実践活動である、創価学会の活動なんです・・!


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ひまわりの種231 [人生]

池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、創価学会の南無妙法蓮華経を、となえる仏法(ぷっぽう)の信仰について、わかりやすい譬(たと)えで、説明されています。

・・・・・・・・・・・・・

『人によって、「大きなエンジン」をもつ人と、「小さなエンジン」をもつ人がいる。
「大きなエンジン」をもっている人は、険(けわ)しい坂(さか)でも、楽しみながら前進できる。「小さなエンジン」しかない人は、小さな坂でも、息(いき)が切れて苦しむ。

勤行・唱題(ごんぎょう・しょうだい/南無妙法蓮華経を、となえていくこと)によって、、自分の生命のエンジンが大きくなるのです。それは、大宇宙(だいうちゅう)という「最高最大のエンジン」と、がっちりと「ギア」が、かみ合うからです。

どんな人の生命からも、「宇宙を動かす大いなる生命力」を自由自在(じゆうじざい)に引き出す「機械」を発明されたのが日蓮大聖人です。

戸田先生は、ご本尊様(ごほんぞんさま)を、『もったいないことだが、「幸福製造機」にたとえられる』と言われた。

生命力を強くして、幸福になるために、日蓮大聖人はご本尊(ほんぞん)を発明してくださった。その「使用法」の基本が勤行・唱題(ごんぎょう・ しょうだい/ご本尊に南無妙法蓮華経をとなえていくこと)なんです。

※ちなみに、ご本尊(ほんぞん)とは、仏(ほとけ)の生命そのものを、あらわしたものであり、自分の生命そのものを、あらわしたものでもあり、その必ず幸せになっていける仏(ほとけ)の生命が、自分自身の中にあることを、あらわしたものが、ご本尊(ほんぞん)です。

勤行している人は、不幸の方向に行かないように、生命の軌道(きどう)を整(ととの)えていける。
もちろん、祈った結果が出るには、「すぐに出る場合」と、草木がだんだん育つように「時とともに実現していく場合」とがある。また、とくに自覚(じかく)して祈っていなかったことが、あとから振(ふ)り返(かえ)ると実現していることもある。

ケースはさまざまだが、『よい方向へ』『よい方向へ』と向かっていく。
自分にとって『いちばん良い道』が開ける。これは絶対に間違(まちが)いない。』

・・・・・・・・・・・・・

小さなエンジンだと、大変だ。生きることにも苦しいし、喜びも小さいかもしれにない。

けれど、大きなエンジンだと、幸せだ。なぜなら、馬力(ばりき)が違(ちが)うから、ちょっとくらいの坂など、簡単に乗り越えていけるし、大変なことにも負けないで挑戦していける。だから成長していけるし、その分、幸せも大きい。また喜びも大きい。

南無妙法蓮華経を、となえるていくと、自分の生命のエンジンを、どんどん大きくしていける。

エンジンは、車や飛行機、さまざまな機械を動かしますが、人間が生きていくためのエンジンと言えるものが、『生命力』だと思う。
ようするに、南無妙法蓮華経を、となえていくと、その生命力が、どんどん、大きくなっていく。どんどん強くなっていく!だから、ちょっとばかりの苦難(くなん)には負けないし、大変なことにも挑戦していける。しかも、生命力があるから、あらゆることを楽しんでいける。よろこびも大きい。

その生命力を生み出す源泉(げんせん)が、『南無妙法蓮華経』であり、『南無妙法蓮華経を、となえる』ことだと言える。

それだけでなく、南無妙法蓮華経をとなえていくと、自分のエンジンそのものを、より良く変革(へんかく)していける。自分のエンジンそのものが、素晴らしいものにバージョンアップしていく。言い方を変えれば、『境涯(きょうがい)』が大きくなっていく。境涯が大きいと幸せも大きい。境涯が大きいと、よりたくさんの幸せ、喜びを味(あじ)わっていける。

南無妙法蓮華経を、となえていくと、その境涯を大きくしていくことができる。

また、ご本尊に、南無妙法蓮華経をとなえていくと、不幸の方に行かない!
ご本尊に南無妙法蓮華経をとなえることは、まるで見えない未来に、幸せの道をつくるようなものなんです。

見えないはずの未来に、希望と夢と勝利の道を、作り出していく!

そういうスゴイことができるのが、『ご本尊に南無妙法蓮華経を、となえていく!』ということなんです。

だから、本当は、ご本尊に南無妙法蓮華経をとなえていくことほど、スゴイことはない。
幸せになっていく、これほど確実なことはない!また、これほど夢や希望をかなえていける道もない。

それが、創価学会が実践(じっせん)している、南無妙法蓮華経をとなえる仏法(ぶっぽう)の信仰なんです。



どうなるかわからない未来・・・。

どんな苦難が押し寄(よ)せてくるかもわからない。

その未来に最高の幸せの道をつくり、最高の希望と夢に向かって歩(あゆ)んでいける!

また、人生という山あり谷ありの道を進んでいくための、大きな大きな幸せのエンジンとなって、自分に、無限の勇気と希望を、もたらしてくれる!

その『幸福製造機』とも言えるのが、創価学会の『ご本尊』であり、南無妙法蓮華経をとなえる、仏法(ぶっぽう)の信仰なんです・・!!


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ひまわりの種230 [世界]

池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、言っています。

『太陽が昇(のぼ)れば光が満遍(まんべん)なく行きわたるのと同じように、一人、純真(じゅんしん)にして強盛(ごうじょう)な信心をしていけば、全家族に伝わっていきます。焦(あせ)らず、確信をもって、悠々(ゆうゆう)たる信心をしてください。』

創価学会が実践(じっせん)している、南無妙法蓮華経をとなえる仏法(ぶっぽう)の信仰は、太陽のようなものだと、言っています。太陽は、ひとつだけれど、その光は、全世界を照(て)らすことができる。どんな環境のどんな境遇(きょうぐう)の人も、照らしていける。たった一つの太陽であっても、全世界を照らすことができる。

それが、創価学会の南無妙法蓮華経を、となえる仏法の信仰だと、言っています。だから、家族に一人だけでも、創価学会の信心に立ち、真面目に真剣に実践している人がいれば、家族全体を幸せにすることができる。家族全体を守っていくことができる。その光は、やがて家族のみならず、地域や社会、あるいは職場や自分の周(まわ)りにいる人たちを照らし、幸せにしていくことができる。

それだけの、ものすごい力(ちから)があるのが、創価学会の南無妙法蓮華経を、となえる仏法(ぶっぽう)の信仰なんです。

これは、だれがなんと言おうと、まぎれもない事実です!!

ぼく自身も、それは痛切(つうせつ)に感じているところです。

この創価学会の南無妙法蓮華経の仏法を実践していくことが、どれだけスゴイことか!
どれだけ、世界を幸せに変革してきたことか、計(はか)り知れない・・。

日本も戦後、創価学会の発展とともに、それにともなって、発展していったと言われています。
また、逆に、日本のつたないマスコミたちが、創価学会を非難中傷(ひなんちゅうしょう)すればするほど、日本は不況(ふきょう)に陥(おちい)り、良くない状況(じょうきょう)になっていったと言うことも、できます。

そんなこと、あるものかと言ってみたところで、それが本当のところでしょう。

創価学会が実践している南無妙法蓮華経の仏法は、単なる一宗派(いちしゅうは)の教義(きょうぎ)ではなく、全宇宙に共通する、本源的な幸せの法則(ほうそく)であり生命の法則です。

ようするに、この南無妙法蓮華経の仏法の法則に逆(さか)らって生きていける人など、世界にひとりもいない!ということです。全宇宙に共通する、 すべての人が当てはまる生命の法則!・・それが、創価学会の南無妙法蓮華経の仏法です。

だから、その創価学会の南無妙法蓮華経の仏法が栄(さか)えていけば、その太陽の輝(かがや)きによって、世界は良くなり幸せに輝いていきます。逆に、創価学会の南無妙法蓮華経の仏法をバカにし、蔑(さげす)んでいけば、世界は暗く不幸になっていきます。

これは、当然の道理(どうり)です。

その当然の道理にもとづいて行動しているから、創価学会の人たちは、幸せになっていけるんです。また、自身の生命を照らす太陽の輝きによって、さまざまな悩みや問題を解決し、夢や希望もかなえていけるようになっていくんです。

それが、自身の生命を照らす太陽、人生の未来を照らす太陽のような、また、世界を平和に照らす太陽といえる、創価学会の南無妙法蓮華経を、となえる仏法の信仰なんです・・・!


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ひまわりの種229 [悩み]

近代日本を代表する思想家・吉野作造が、言っています。

『生命の力(ちから)が実は一切(いっさい)の矛盾衝突(むじゅんしょうとつ)を解決していくものであることを忘れてはならない。したがって又(また)我々の生活に於(おい)ては、この生命力の涵養(かんよう)を怠(おこた)ってはならない。』

ちなみに、涵養(かんよう)とは、水が自然に染(し)み込(こ)むように、無理をしないでゆっくりと養(やしな)い育てることだそうです。

生命の力が、実は、一切の矛盾や衝突を解決していく!

昔の人なので、表現は古いかもしれないけれど、この言葉は、確かに真理(しんり)をついているし、また重要な示唆(しさ)を含(ふく)んでいると思う。

生命の力が矛盾や衝突を解決していく・・・。

矛盾とか衝突というと、わかりにくいかもしれないけれど、ようするに、人生における、さまざまな悩み、また人生で出くわす困難(こんなん)やさまざまな問題。また、病気など健康上の問題も含(ふく)まれると思う。

それらの悩みや問題、あるいは、夢や希望をかなえていくためのさまざまな問題にしても、実はその問題の解決には、『生命の力(ちから)』が必要だということだと思う。

本質的には、この『生命の力』によって、あらゆる問題や悩みの解決が可能であり、・・ということは、人生において幸せをつかんでいくためには、どうしても、この『生命の力』『生命力』が必要となってくると、いうことです。

また、『生命力』には、無限の可能性があり、生命力しだいでは、大きな希望や夢も、つかんでいけることになる。

だから、人生において、本質的に、決定的に、どうしても必要となってくるのが、『生命力』なんです!!

ところが、この『生命力』を強くしていく方法が、わからない・・。
「生命力」を強く元気にしていく、具体的な方途(ほうと)が見当(みあ)たらない。

だから、人は、生命力が重要だということがわかったとしても、そんなことは考えず、なるがままにしか、生きていくことができないのも、現実だと思う。

だから、その『生命力』を決定的に強くしていく方法が、見つかれば良いわけです・・!

なぜなら、それは、幸せをつかんでいく、決定的なものに、なっていくからです・・!!

その生命力を、無限に強く、元気にしていける、決定的で唯一(ゆいいつ)の方法といっていいのが、実は、創価学会が実践(じっせん)している、南無妙法蓮華経を、となえる仏法(ぶっぽう)の信仰なんです・・!

結論から言うと、だから、創価学会の人たちは、幸せになっていけるんです!
悩みや問題を解決し、そして、夢や希望をつかんでいけるんです!!

思想家・吉野作造が言うように、生命の力によって、実は一切の矛盾衝突(むじゅんしょうとつ)を解決していくことが、できる!
ゆえに、創価学会の人たちは、南無妙法蓮華経をとなえゆく信仰によって、病気など身体的な悩みにしても、貧乏など経済的な悩みにしても、人間関係の悩みなど環境(かんきょう)をはらんだ悩みにしても、その、あらゆる悩みや問題を、ことごとく解決し、幸せを、つかんでいけるんです。

それが、悩みの解決や夢の実現のために、一切の矛盾や衝突を解決していける、創価学会の南無妙法蓮華経をとなえる仏法(ぶっぽう)の信仰であり、 また、生命力を無限に強くしていける唯一(ゆいいつ)の方法であると、言っていいでしょう・・!


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ひまわりの種228 [幸せ]

創価学会の人たちは、ご本尊(ほんぞん)に、南無妙法蓮華経をとなえて祈る仏法(ぶっぽう)の信仰を実践(じっせん)しているわけですが、なぜ、ご本尊に南無妙法蓮華経を、となえるかというと、自分の生命の中にある最高にして最強の無限の可能性を秘(ひ)めた、『仏界(ぶっかい)の生命』が湧(わ)き上がってくるからだと言われています。また、仏界の生命とは、『仏(ほとけ)の生命』とも言い換(か)えることもできます。

南無妙法蓮華経を、となえていると、実際、それは、自分の生命の歓喜(かんき)によって、感じることはできるのですが、この『仏界(ぶっかい)の生命』だけは、どうしても、言葉で表現ができないとされています。

日蓮大聖人は、人間の生命状態を、おおまかに言うと、10種類にわけて、説明されています。たとえば、地獄(じごく)のような生命状態が『地獄界(じごくかい)』。食物に飢(う)えている状態が『餓鬼界(がきかい)』。おだやかで人間らしい生命状態が『人界(にんかい)』。喜びで、天にも昇(のぼ)りそうな生命状態は、『天界(てんかい)』など、生命状態をあらわす言葉に、『界(かい)』ということばを付けて、『何々界』という形で、表現しています。

けれど、この『仏界(ぶっかい)』ばかりは、表現のしようがない!!
とてつもなく素晴らしくて偉大(いだい)で、無限の可能性と力(ちから)を秘めた生命であることは、わかりますが、日常の生活の中で、当てはまる心の状態がないために、どうしても表現しきれないというのが、本当だと思います。

ぼくは、便宜上(べんぎじょう)、仏界の生命を、『強くて、あったかくて、魅力的(みりょくてき)で、何ものにも負けない最高に歓喜した最強の生命』などと、表現していますが、やはり、仏界の生命を表現するのは不可能というのが、本当のところだと思います。

そのあらゆる壁(かべ)を乗り越(こ)えていける、無限の可能性を秘(ひ)めた最強の生命である『仏界の生命』が、南無妙法蓮華経を、となえることによって、自分の中から湧(わ)き上がってくるから、創価学会の人たちは、ご本尊(ほんぞん)に南無妙法蓮華経を、となえているという訳(わけ)です。

※ちなみに、ご本尊とは、仏(ほとけ)の生命そのものを、あらわしたものであり、自分の生命そのものを、あらわしたものでもあり、その必ず幸せになっていける仏(ほとけ)の生命が、自分自身の中にあることを、あらわしたものが、ご本尊(ほんぞん)です。

そして、この『仏界(ぶっかい)の生命』だけは、創価学会のご本尊に、南無妙法蓮華経をとなえないと、自分の中から湧(わ)き上がってきません!

この仏界の生命だけは、ほかの何をやったとしても、自分の中から出していくことは、不可能です!!!

横暴(おうぼう)のようだけれど、本当だから、しょうがありません。

この創価学会のご本尊に、南無妙法蓮華経を、となえないかぎり、『仏界の生命』は、わきあがってこないと、断言(だんげん)できます!!!

逆に言うと、だから、創価学会の人たちは、この南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)によって幸せになっていけるんです。
世界中の人たちが、悩みを解決し、夢や希望をかなえて、人生に勝利し、幸せになっているんです。

それが、自分の中から、最高にして最強の生命である『仏界の生命』を湧(わ)き上がらせてきた結果だと思います。

おそらく、仏界の生命とは、自分自身が、偉大な王者のようになる生命状態ではないかと思います。
そしてその偉大な王者のような生命状態になった時、環境(かんきょう)がどう、まわりがどうではなく、自分自身が完全に主体となり、世界を変え、 生み出していけるような強烈(きょうれつ)に強い生命状態になるんだと思います。

だから、その強靭(きょうじん)な生命状態になった時、自(みずか)らの生命を蘇生(そせい)させ、無限の可能性を引き出しながら、あらゆるものを変革していく無限のエネルギーと可能性によって、困難な病気であっても、また貧乏(びんぼう)などの経済的な問題であっても、ほかのさまざまな悩みであっても解決でき、乗り越えていくことができる・・。

そして、夢や希望をかなえて、幸せになっていける・・!

それが、仏界の生命であり、仏(ほとけ)の生命なんだと思う。

そして、その仏界の生命を、自分の中から湧(わ)き上がらせ、開花していける唯一(ゆいいつ)の方法が、創価学会の南無妙法蓮華経をとなえる仏法(ぶっぽう)の信仰なんです・・!!


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ひまわりの種227 [希望]

世界的に有名なジャズピアニストのハービー・ハンック氏が、創価学会に入会するきっかけになった話しを、してくれています。

ハービー・ハンコックは、語っています。

『私に信心を教え、SGI(創価学会インターナショナル)に縁(えん)させてくれていたのは、私のバンドでベースを弾(ひ)いていた、バスター・ ウィリアムスさんでした。ある公演で、彼は驚(おどろ)くべきソロ演奏を披露(ひろう)し、私たちを高揚(こうよう)させたのです。

演奏が終わると大勢(おおぜい)の聴衆(ちょうしゅう)がステージに走り寄(よ)ってきました。感動のあまり泣(な)いている人もいました。その衝撃(しょうげき)の公演が終わった後、私は思わず彼を楽屋(がくや)に連(つ)れていき、尋(たず)ねたのです。

「君が、何か新しい哲学(てつがく)か宗教を実践(じっせん)していると聞いている。
もし、それが、こんな演奏を可能にするのなら、それが何かを知りたいんだ。」

と。

バスターは、それについて私に話す機会(きかい)が訪(おとず)れることを祈っていたと言って、『南無妙法蓮華経』の題目(だいもく)について話し始めました。彼は、それが『法(ほう)』であり、宇宙の法則(ほうそく)であると話してくれました。

私は彼の話しに多くの希望が含(ふく)まれていることに好感(こうかん)をもちました。
『南無妙法蓮華経』が何かは分かりませんでしたが、バスターは、私が信じようが信じまいが、南無妙法蓮華経には力(ちから)があり、効果(こうか)があると力説しました。

それで私は「まだ信じてはいないが、試(ため)すだけなら、失(うしな)うものは何もない」と始めてみたのです。』

そして、現在にいたり、何度もグラミー賞を受賞するなど、大活躍(だいかつやく)しているわけです。

同じく有名なジャズ・奏者であるウェイン・ショーターさんも、語っています。
ショーターさんは、亡(な)き奥様のアナ・マリアさんから創価学会の信心を教わったそうです。

ショーターさんは、語っています。

『彼女(ショーターの奥さん)は、ハービー(ハービー・ハンコック)から、この信心を紹介されました。
私は、彼女がどう行動するのかを見ていました。創価学会の南無妙法蓮華経をとなえる信心を実践(じっせん)してしばらくすると、彼女は別人のように変わりました。私は非常に驚(おどろ)きました。その時の気持ちは、言葉では表(あらわ)せません。そこで、私にも教えてほしいと頼(たの)んだのです。』

ひとことで言うと、これが創価学会の南無妙法蓮華経を、となえる仏法(ぶっぽう)の信仰だと思います。

だれもが、口にはしないけれど、望んでいるもの。生命の幸せへの変革(へんかく)、人間性の開花、幸せへと向かう生命の喜び、心に感じる高揚感(こうようかん)と感動・・。

それらの人間が本質的(ほんしつてき)に求めている幸せへの欲求(よっきゅう)、幸せでありたいとする人間性の開花が、創価学会の南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)には、ある!ということです。

今日、話した内容は、べつにハービー・ハンコックやウェイン・ショーターさんだけに起こってくるのではありません。
創価学会の南無妙法蓮華経を、となえる仏法の信仰を実践した、世界中のすべての人に起こっているんです!

だから、創価学会は、世界192カ国に広がっている。

そして、何よりも大切なことは、この創価学会の南無妙法蓮華経をとなえる仏法(ぶっぽう)の信仰が、現実の人間を取り巻(ま)く、さまざまな悩みや問題を解決でき、人それぞれの夢や希望をかなえていく大きな力(ちから)となっていく!
ということです。

そして、人生における、どなん試練(しれん)や困難も乗り越(こ)えていける、大きな大きな力(ちから)であり、エネルギーでありパワーとなっていくと、いうことです。

ゆえに、この南無妙法蓮華経をとなえる仏法の信仰によって、人々は歓喜(かんき)し、生命の変革を感じ、大いなる喜びと感動をもって、人生に挑戦していける。

ウェイン・ショーターさんが、妻が別人のように変わっていく姿に、言葉では表せないほど驚いたように、ハービー・ハンコックが、強烈(きょうれつ)な衝撃(しょうげき)をおぼえたように、人々をより良く、変革し歓喜させ、幸せにしていく。それが、人生も人間性も、未来も、生命も、幸せに変革していける、創価学会の、南無妙法蓮華経をとなえる仏法の信仰なんです・・!


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ひまわりの種226 [悩み]

19世紀のフランスの文豪(ぶんごう)・デュマの名作『モンテ・クリスト伯(はく)』の中で、こう言っています。

『人智(じんち)のなかにかくれている、ふしぎな鉱脈(こうみゃく)を掘(ほ)るためには、不幸というものか必要なのだ。』

・・・と。

不幸はいやだし、嫌(きら)いだけれど、悩みや苦しみは、確かにそれを乗り越(こ)えようとしていった時、真剣に挑戦していくことによって、大きなものを学び、自分にとっての大きな財産を手に入れられることが多いと思う。

池田先生(創価学会インターナショナル会長)も言っています。

『皆も、苦しみに負けてはいけない。言うに言われぬような苦難と戦ってこそ、「智慧(ちえ)の鉱脈(こうみゃく)」を見つけることができる。』

苦難(くなん)は、その人から、大きな力(ちから)を引き出してくれる・・。

確かに人間の可能性は、無限(むげん)だし、計(はか)り知れない。
その無限の力を引き出していくためには、確かに、苦難や悩みが必要なのかもしれない。

人は、不思議(ふしぎ)と、悩みや苦しみがあるほうが、真剣になるからです。

そう考えると、デュマが言うように、不幸というものが時には、必要なのかもしれない。

といっても、別に不幸を賛嘆(さんたん)しているわけではない。絶対、不幸はないほうがいいし、不幸が好きな人なんていない!

別の言い方をすれば、不幸の中に幸せの鉱脈が、かくされているというのなら、たとえ、現在、自分に不幸が降(ふ)りかかってきたとしても、それは、「不幸」ではなく、幸せをつかむための「試練(しけん)」と考えることもできる。

そう考えて、希望を持ち、心を強く、人生を挑戦していった時、その試練を乗り越えた時、人は大きな幸せを、つかむことができるのかもしれない。

けれど、人は、状況(じょうきょう)に左右されやすい。自分に不幸が降(ふ)りかかってきた時、その状況だけが、心を覆(おお)い、意気消沈(いきしょうちん)し、絶望してしまうことも、まま、ある・・・。

また、心情的(しんじょうてき)に、人は、そういう生き物なのかもしれない。

けれど、本当は、不幸の中に幸せが、かくれている。不幸の中に、ふしぎな幸せの鉱脈(こうみゃく)がある・・!

だから、その鉱脈を、掘(ほ)り当てなければならない!

だから、状況や環境(かんきょう)、絶望や苦難に負けない、強い強い、生命の力(ちから)が、求められる!!

その鉱脈を掘(ほ)り当てる、絶望や苦難を必ず乗り越えていける決定的な方法が、創価学会の南無妙法蓮華経を、となえる仏法(ぶっぽう)の信仰なんです・・!

これほど、スゴイ力(ちから)は、ないんです・・!

ご本尊(ほんぞん)に、南無妙法蓮華経を、となえていくことによって、自分の中から、強い強い生命力、勇気や知恵が、湧(わ)き上がってくるんです!その生命の力は、計り知れない。そして、デュマが言うように、ふしぎな幸せの鉱脈を、つかんでいくことが、できるようになっていくんです。

※ちなみに、ご本尊とは、仏(ほとけ)の生命そのものを、あらわしたものであり、自分の生命そのものを、あらわしたものでもあり、その必ず幸せになっていける仏(ほとけ)の生命が、自分自身の中にあることを、あらわしたものが、ご本尊(ほんぞん)です。

そのご本尊に南無妙法蓮華経を、となえていくことは、自分の生命の中の、幸せの鉱脈を掘り当て、開花させていくことと同じなんです。自分の中の無限の可能性、無限の力を引き出していく!

それが、南無妙法蓮華経を、となえていくことなんです。

だから、創価学会の人たちは、どんな苦難、どんな不幸な状況にあろうとも、真剣に、南無妙法蓮華経をとなえていくことによって、実際、ことごとく、苦難や不幸を打ち破(やぶ)り、幸せを勝ち取ってきているんです。

その勝利と幸せの証(あかし)が、世界192カ国に広がる創価学会になっているんだと思う。

・・・
だから、嘆(なげ)くことはない。
落ち込むことはない。
決して、絶望することはない。

この、創価学会の『ご本尊に南無妙法蓮華経をとなえる、仏法(ぶっぽう)の信仰』があれば・・・!!!


それが、どんな不幸も、悩みも、苦難も乗り越え、その中から、幸せの鉱脈を無限に掘り出していける、創価学会の、南無妙法蓮華経をとなえる仏法(ぶっぽう)の信仰なんです・・・!


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ひまわりの種225 [こころ]

日蓮大聖人が、

『蔵(くら)の財(たから)よりも身の財すぐれたり 身の財(たから)よりも心の財第一なり』

と、言っています。

この言葉について、池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、言っています。

『慈悲(じひ)や勇気や希望など、人間としての至高(しこう)の資質(ししつ)に勝(まさ)る財宝があろうか。
そして、この「心の財」は、どんな不慮(ふりょ)の事故や災害に遭(あ)っても絶対に壊(こわ)されない。』

「蔵(くら)の財(たから)」・・、物質的な財産やお金などの財産よりも、「身の財(たから)」・・、自分の身体の健康や健全(けんぜん)さの方が大事であり、大切である・・。

いくら、財産があっても、健康を損(そこ)ね、病気で普通に生活できないのであれば、財産を生かすこともできないし、幸せを満喫(まんきつ)することもできない。やはり、幸せは、自身の身体(からだ)の健康から来るものだし、そこから幸せを感じ、味(あじ)わうことができる。

また、身体が健康であれば、それから、人生に挑戦し、財産(ざいさん)を築(きず)いていくこともできる。

だから、「蔵(くら)の財(たから)」よりも、「身の財」のほうが、すぐれている。

その「身の財(たから)」よりも大切で、すぐれているのが、「心の財」だという。

幸せは、根源的(こんげんてき)には、「こころ」からやってくる。
健康であっても、心が荒(すさ)んでいたり、傷(きず)ついていたりすると、幸せを感じることは、できない。
また、心が荒(すさ)み、傷ついていると、それは、身体にも影響(えいきょう)し、健康を害したり病気になってしまう原因にもなる。

また、逆(ぎゃく)に、心を強く、明るく元気にしていくことによって、それは、身体にも影響を与(あた)え、健康になっていくのも、科学的に証明されている。

そう考えると、やはり、「身の財(たから)」よりも「心の財」の方が、優(すぐ)れているし、重要だということになる。

そして、池田先生が言うように、「心の財」は、どんな不慮(ふりょ)の事故や災害に遭(あ)っても絶対に壊(こわ)されない!!

ゆえに、絶対的な幸せ、決して崩(くず)れることのない最高の幸せを築(きず)いていけるのは、「蔵の財」でも「身の財」でもなく、『心の財』であると言うことができる。

そして、『心の財』が強く、大きく、輝(かがや)いていったならば、自然と「身の財」である身体も健康になり、また「蔵の財」である物質的な幸せ、すなわち財産や、それにともなう自分の夢や希望も、かなってくる・・ということだと思う。

だから、やはり、『心の財(たから)』が、いちばん大切だ!ということができる。

そうはいっても、『心の財』は見えないし、そう簡単に培(つちか)っていけるものではないことも、わかると思う。

けれど、『心の財』は、幸せをつかむ上で、とても重要となる。

その『心の財』を、最高に、無限に培(つちか)っていけるのが、実は、創価学会が実践(じっせん)している、南無妙法蓮華経を、となえる仏法(ぶっぽう)の信仰なんです・・!

『心の財』を養(やしな)い、無限に増(ふ)やしていける方法は、これしかない!!と言っても、言い過ぎではないでしょう。

日々、南無妙法蓮華経を、となえることによって、自分の生命は、歓喜(かんき)してくる!その生命の歓喜は、自分の生命自体を蘇生(そせい)させ、復活(ふっかつ)させる。

南無妙法蓮華経を、となえていくことによって、自分の生命に本来、そなわっている勇気や希望が湧(わ)き上がってきて、夢や希望に向かって挑戦していけるようになっていく。

また、南無妙法蓮華経を、となえることは、自分の中から、さまざまな知恵やアイデアとなって湧(わ)き上がり、人生のさまざまな状況(じょうきょう)で、自分を助けていくことになる。

心そのものを、生命そのものを、絶(た)えず、希望へ、幸せへと変革(へんかく)していく!

それが、南無妙法蓮華経をとなえると、いうことなんです。

だから、「蔵の財(たから)」よりも「身の財」よりも優れている、最高の『心の財』を、無限に増やし開花していけるのが、創価学会の南無妙法蓮華経を、となえる仏法(ぶっぽう)の信仰なんです・・・!


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